ああ、主よ。私にどのようにしてイスラエルを救うことができましょう。ご存じのように、私の分団はマナセのうちで最も弱く、私は父の家で一番若いのです[士師記6:15]
神の前にへりくだるのは比較的易しいことです。しかし、人の前にへりくだり、自分よりも優れている者として敬意を持つことは、非常に難しいものです。『自分は小さいものです』と言うのは、どちらかと言うと簡単ですが、父の家で自分が一番若いと告白するのは簡単ではありません。自分の父の家がもっとも貧しいと告げることは、それほど困難なことではありませんが、自分の父の家がマナセで最も貧しいことを認めるのは、きわめて屈辱的なことです。顔から、自分でも知らないのに輝きを放っている者、外から自信に満ちた輝きを認められれるものこそ勝利者です。自分の顔が輝いているかを確かめようとして、鏡を見るようなものは、誰一人として勝利者ではありません。ダビデは油注がれたものでありながら、自分自身を死んだ犬とみなしました(1サムエル24:14)。勝利者とは、真に勝利を得たもののことであって、勝利者と名乗っている者のことではないのです。
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