2015年11月16日月曜日

11月16日

ただし、この種のものは、祈りと断食によらなければ出て行きません[マタイ17:21]

ここで主は信仰を持った後で行う祈りを示されています。信仰を一度、持ってしまえばもう祈る必要はなく、賛美するだけでよいから、と言う人がいます。あまりに多くの祈りを捧げることで、信仰が揺るがされるからというのです。これは、神に何かをお願いすることに関して言えば、確かにそのとおりです。しかし、悪霊に対しては、そうではありません。信仰を持った後も、絶え間ない祈りが必要とされます。悪霊を追い出すための信仰を受けたものとして、さらに踏み込んで、それをどう使うかを尋ね求めるべきです。ルカ18章に出てくるやもめの女は、祈りに励みつつも、相手に対する裁きを要求しています。この相手とは、もちろんサタンです。私たちが人生を通じ、祈りを武器として攻撃しなければならない敵です。信仰を受けた者には、祈りと断食が必要とされます。この二つは心構えであると同時に、行動の規範でもあり、神への依存と自己否定がそこに現れます。

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