2015年3月18日水曜日

3月18日

神である主は、その土地から、見るからに好ましく食べるのに良いすべての木を生えさせた。園の中央には、いのちの木…[創世記2:9]

いのちの木とは、神のいのち、まだ創造されていない神のいのちの表れです。アダムは創造されたものであり、この創造されていないいのちを持っていません。この時点で、罪は犯していませんでしたが、それでもなお、神の清いいのちを受けていない彼ははまだ、生まれたままです。神の目的は、アダムが彼自身の意思でいのちの木から実を取り、神の生活を送り、神と交わることでした。これにより、アダムは神に造られたものから、神から生まれたものともなるなるはずでした。神がアダムに求めたものはただ、造られたままの自然のいのちを否定し、神のいのちに入り、これによって、日々を神のいのちによって生きることでした。これが、いのちの木の意味です。主はアダムに、元からあったままのものと違ういのちを生きて欲しかったのです。

0 件のコメント:

コメントを投稿