2015年1月29日木曜日

1月29日

あなたがたの咎が、あなたがたと、あなたがたの神との仕切りとなり、あなたがたの罪が御顔を隠させ、聞いてくださらないようにしたのだ[イザヤ59:2]

R.A.トーレーがある場所で講演していると、一人の大学生が彼の前に進み出て、こう言いました、『私は以前は神を信じていましたが、最近はもう信じていません。あれこれ本を読みましたが、結局は、神の言葉から遠ざかってしまいました』。トーレー氏はこう応えました、『私を騙そうとするのはやめなさい。私だって大学生だったんですから。私もたくさんの本を読み、博士号を取りました。しかし、私は神の言葉から遠ざかることはありませんでした。ひとつ、質問させてください。あなたは今は神を信じていないと言うことですが、生活の道徳面ではどうですか?』。これに対して学生は、率直に答えました、『正直に言うと、私の行動は倫理的には、以前ほど良くありません』。ここですぐに、トーレー氏は次のような鮮やかな言葉で締めくくったそうです、『あなたと議論する必要は私にはありません。ただ、悪い行いをやめ、道徳的な生活を始めれば、神はすぐにでも戻ってきます』。なんという事実でしょうか。多くの人が神を信じることができないのは、正当な理由があるからではなく、彼らの罪の重さが信仰から妨げているのです。彼らは無心論者への道へと向かわされます。

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