2015年1月26日月曜日

1月26日

また、なぜあなたは、兄弟の目の中のちりに目をつけるが、自分の目の中の梁には気がつかないのですか[マタイ7:3]

この前の節(1~2節)において、主は、私たちに裁くことをしないように警告し、代わりに慈悲深くあるようにと勧めておられます。この箇所で主は、人を裁くことは間違いであることを教えてくれます。自分の目に梁があることは、間違いありません。誰かが他の人の目にちりを見たとき、その者は明らかに自分自身の目に梁があるからです。それは何故でしょう?なぜなら、非常に小さなちりを、兄弟の目の中に見るということは、あなたはちりを見つける専門家であるに違いないのです。あなたにはこのような罪を犯した経験があるからこそ、極めて簡単にそれを見つけることができるわけです。古い中国の格言にもありますが、泥棒を捕まえたければ、前科者を雇えというではありませんか。自分自身の罪が重いほど、人は兄弟の失敗には批判的になる傾向があります。

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