2015年8月29日土曜日

8月29日

モーセは主に申し上げた。「ああ主よ。私はことばの人ではありません。以前からそうでしたし、あなたがしもべに語られてからもそうです。私は口が重く、舌が重いのです。」[出エジプト4:10]

自分が役に立たないことを認めても、それだけでは、まだ役に立ちません。大切なことは神の力を知ることです。これこそが真の復活です。神がモーセに知って欲しかったのは、人に口を与えたのは神ご自身であると言うことでした。神はモーセを勇気付けたかったのです。『すると申し上げた。ああ主よ。どうかほかの人を遣わしてください(出エジプト記4:13)』。モーセはここでも、言い逃れをしました。神はこれを聴いて、モーセに対して怒りを燃やしました。何故でしょう?私たちが時に自信をなくしたり、自分を信じられなくなることには、意味があり、神にとっても受け入れられます。しかし、私たちがそこで立ち止まり、神を信じて前に進むことを拒めば、神を大いに悲しませることになるからです。

極端な行動を取ることのないよう、気をつけなければなりません。神は私たちを死へと渡しますが、それは後に復活させるためです。死は終わりではなく、復活がゴールです。死んだままでいて、復活することがなければ、私たちは何の役にも立ちません。

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