2015年8月25日火曜日

8月25日

このような外から来ることのほかに、日々私に押しかかるすべての教会への心づかいがあります[2コリント11:28]

主の前に真にへりくだり、主を怖れている信者が、一人に限らず何人かいて、主の子供たちの中に問題を見つけたら、どうすればよいでしょうか?彼らが学ばなければならないことはただひとつ、その主の子供たちを肩に背負い、胸に抱いて、父の御心をうかがいに行かせることです(出エジプト28章)。パウロが、すべての神の聖者を肩に背負い、神のすべての教会を胸の上に載せたのと同じように。

パウロはなぜこれほど明瞭に、教会に対して、神の道を書き伝えることができたのかを理解する必要があります。彼の手紙には、教会のための日々の祈りの中で、心に思い浮かんだ言葉をただ書き連ねたようなものはひとつもありません。パウロは、そのように不用意に書くことは決してありませんでした。主の聖者を神の臨在へと運ぶというこの原理を、私たちは理解し、実行しなければなりません。パウロが、御父に頼りながら、神の子供たちのことを心の中で心配していた期間が、何日、何週間だったのか、私たちには分かりません。しかし、ある日、彼は神の光の中に何かを見出し、その光とともに、彼は座って手紙を書くようになったのです。

0 件のコメント:

コメントを投稿