2015年7月16日木曜日

7月16日

イエスは旅の疲れで、井戸のかたわらに腰をおろしておられた。…ひとりのサマリヤの女が水をくみに来た。イエスは「わたしに水を飲ませてください。」と言われた[ヨハネ4:6-7]

ここで水を所望されたのは、親密さの表れです。普通の人は神は怖れても、水をくださいと頼んで来る人を怖がることはないでしょう。あなたは神を怖れるでしょうが、神が水をもらいに来たら、恐怖を感じることはないでしょう。あなたにとって神が怖ろしいのは、いと高く、あまりに遠く、また怖い方であると思うからです。しかし、この孤独で、弱り果て、汗で汚れたお方が(あなた自身と同じくらい孤独で、弱り果て、汗にまみれてさえいます)神であると知っていたなら、あなたは神を信じることでしょう。私たちの主イエス様は、これほど人間から近づきやすく、親しみやすい方なのです。

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