2015年7月12日日曜日

7月12日

備えられたあらゆる結び目によって、しっかりと組み合わされ、結び合わされるのです[エペソ4:16]

私たちは、キリストの体の各部分を構成する要素ですから、その体がいのちと力を得る助けとなることを考えなければなりません。集っている間は、口を開かずに、祈ることができます。しゃべってはいけない時でさえ、神に目を向けることはできるのです。御体を見たことがあるものなら、自分が何の価値もない人間だなどとは言えないはずです。むしろ、こう言うでしょう、私は御体の一部ですから、果たすべき義務があります。私には、語るべき言葉があり、声に出さなければならない祈りがあります。集まりに参加するときは、神が私に求めることは何でもします。私が、傍観者でいることなどあり得ません。私たち皆が働くとき、この集まりの全体のいのちが、全ての死を呑み込んでしまうでしょう。

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