パロはこのことを聞いて、モーセを殺そうと捜し求めた。しかし、モーセはパロのところからのがれ、ミデヤンの地に住んだ[出エジプト記2:15]
神があなたの方を見てくれない時、御心を理解できないかもしれません。神は、そのようなことを何度も繰り返して、安らかな環境を奪いますが、これは、神の力強い手の下に、あなたが自分から服従できるようにとされていることです。それは、あなたが主の御心を行うかどうかのテストです。自分の意思で対処しなければならないのです。それは立ち向かわなければならない危機です。イスラエルの子どもたちがモーセを拒絶したのは神から来たことでした。パロが彼の命を付け狙ったことも、神から来ていました。誰もいない荒れ野を逃亡させたのも、同じように神でした。40年間、荒れ野で神と何度に渡って語りあったことで、ついに、彼は、神から教えられました。ついに自分がまったく役に立たない者であることを認めたのです。それからの彼は、イスラエル人を自分の能力で救おうと夢見ることはなくなりました。もはや、自分を偉大で、力ある男と考えることもありませんでした。彼は、霊的な世界で自分がずば抜けて優秀な人物であると考えることをやめました。ようやく、彼は自分の力では何もできないことを知りました。そして、まさにそこが、長い旅の果てに到達して欲しいと、神が望んでいた場所でした。
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