2015年4月3日金曜日

4月3日

私たちの神、主のご慈愛が私たちの上にありますように[詩篇90:17]

ある日、あるクリスチャンが、神に仕える者たちと話に行きました。批判されることを恐れて、このクリスチャンは、最大限の努力をして、会話中に謙虚な態度を保つよう勤めました。彼の態度だけでなく、言葉も非常に謙虚な口調でした。しかし、こうして謙虚さに勤めていたのに、近くに座っていた人には彼が緊張しているのがはっきり、分かりました。人は本当に謙虚であれば、必死で見せかける必要はないのです。

彼が、謙虚ではなかったと言うことができますか?いかにも、彼はそう見えたかもしれません。しかし、実際のところ、それは作られた謙虚さであり、魂に属するものです。神がこの兄弟に働いていたのなら、彼は非常に自然に謙虚になれたかもしれません。そうであれば、彼自身は自分が謙虚であるとは感じなかったでしょうし、周りにいた人たちは、むしろ、彼の中に神の仕事を見た可能性もあったのです。

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